中井英夫『虚無への供物』
一九五四年の十二月十日。外には淡い霜がおりていながら、月のいい晩であった。お酉様の賑わいも過ぎた下谷・竜泉寺のバアアラビクでは気の早い忘年パーティの余興が始まろうとして……。
一九五四年の十二月十日。外には淡い霜がおりていながら、月のいい晩であった。お酉様の賑わいも過ぎた下谷・竜泉寺のバアアラビクでは気の早い忘年パーティの余興が始まろうとして……。
12月10日は「虚無への供物」開幕の日であり、中井英夫の命日(1993年12月10日死去。享年71)でもあります。
1974年3月15日には講談社文庫版刊行。
中井英夫年譜の1984年の項目には「二月は『虚無への供物』の元版刊行から二十年目(文庫は十年目)に当たるが、たまたま文庫版第二十刷発行の通知受け喜ぶ」とあります。
没後の1996年には東京創元社から文庫版中井英夫全集の刊行がはじまりましたが、第3回配本「虚無への供物」の奥付発行日が12月10日だというのはさすがです。
2000年2月29日には東京創元社から立石修志装丁挿画版、塔晶夫名義の「虚無への供物」刊行。
講談社文庫新装分冊版上下巻の発行は、元版刊行40周年にあたる2004年の4月15日。
文庫版刊行30周年にあわせて3月15日にするとか、あるいは、この年は閏年なので2月29日発行にすればよかったのにと思わないでもありません。

「虚無への供物」が印象的に登場するのが有栖川有栖作品のこの場面。
誰かに突き当たってしまった。僕が悪い。相手は手にしていた本を思わず落とした。
「すみません……」
謝ろうと頭を下げかけた時、落ちた本の書名が目に入った。中井英夫の『虚無への供物』。
「その本、かなり読み込んでありますね」
(略)
「もう七回目かな。年に一回以上読み返してるね」
「僕も二回読んでます」
「中井英夫が好き?」
「最高です」
「うちにくるか?」
塔晶夫名義で「虚無への供物」が出版されたのが1964年2月29日でしたから、2024年は刊行40周年。この日にあわせて再読しようと思っているかたも多いのでは。