江戸川乱歩「別冊宝石10号世界探偵小説名作選(1)ディクソン・カア傑作特集」所収「カー問答」より

「魔術、怪談と並べて見ると、次に残虐が来る順序になる。所謂グルーサムだね。私も昔はグルーサムだといつて、甲賀君なんかから非難されたが、私が子供つぽくやつたグルーサムを、カアはもっと大人らしくやってゐる。グルーサムの親玉は処女作の『夜歩く』だらう」


松田道弘『とりっくものがたり』ちくま文庫所収「新カー問答」より

「『夜歩く』はむりなところもずいぶん目につきますが、ふしぎな魅力のある作品ですね。何が当時の読者にアピールしたんでしょう」
「たしかに君のいうとおり、この作品にはクイーンやヴァン・ダインにはない、一種あやしい雰囲気がある。(略) 密室とロマンの結合という『夜歩く』は、まるでヌエとゴルゴンをあわせたようなシンクレティズムの妖怪といっていい。読者に対する過剰サービスは、この頃からカーの特色だった」

松田道弘・瀬戸川猛資「新々カー問答」早川書房『ミステリマガジン』1993年5月号より

瀬戸川「カーって実に若い作家なんですよ。1906年生まれ。チャンドラーより18歳若く、もちろんクロフツやクリスティより全然若い。ハメットよりも若いし、横溝正史より3つも若いんです。それが24歳でデビューして、19世紀のヴィクトリア調的雰囲気のおどろおどろしい探偵小説を書いた。要するに当時の時代風潮に反逆した擬古典主義なんですね」
松田「デビュー作『夜歩く』が5万部で、いちばん売れたっていう話、どこかで読んだことがあります」
瀬戸川「新人の作品で当時5万部って言うのは、考えられないような数字だったとか」

松田「カーの作品というのは、本格探偵小説の枠に入らない作品がほとんどでしょう。異端者でしょうね、あの人は」

瀬戸川「とにかく着想が奇想天外というか」
松田「‘よくこんなばかばかしいことを‘って感じね(笑)」
瀬戸川「逆に、そこがクイーン、クリスティにない魅力でもある」
松田「(略)クイーンという人もいろんなことをやろうとしたけど、カーはそれよりも、もっといろんなことをやろうとした人ですね」
瀬戸川「ゲーム性というのを非常に意識したのがクイーンで、小説性・読み物性を意識してたのがカーだと思いますよ、ぼくは」

二階堂黎人・芦辺拓『名探偵の肖像』講談社ノベルス所収「史上最大のカー問答」より

芦辺「彼(カー)の中には初めからロマンがあった。彼が過ごしたのは物語の中のパリであり、まさに彼はそれを描きたかったのではないでしょうか」
二階堂「我が心の美しきパリというわけですか」
芦辺「そして、恐怖と暗黒のパリですね。そこにロマンが潜んでいる」

二階堂「カーは、動機とか人物設定の面では、すごく大人の社会を扱っていると指摘できます。たとえば『夜歩く』にしても、いきなりジェフ・マールの恋人になる(略)女性が、社交場の上の部屋でXXXXXXXいるとか、大人の恋愛が具体的に描かれているわけですよ」
(これから読む方のお楽しみを奪わないよう、伏字にしました)


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ヒッチコックマガジン1962年6月号「ディクスン・カーの魅力」座談会より 小林信彦『東京のドン・キホーテ』所収
出席者 横溝正史 中島河太郎 大内茂男 中原弓彦(小林信
彦)

中島「カーのトリックの解明は、千番に一番で、不可能に近いんです。謎の解明に来てガッカリするんですけれども、途中までもってくる面白さ、あの力量はほかにないんですね。小栗さんの『黒死館殺人事件』などはカーに相通ずるものがありますね」

横溝「(略)クリスティが現代劇だとするとカーは歌舞伎ですね。デンデンというアクがあるんだ。だからうっとりとしていると、アクがつよいから、いつの間にかおわって、不自然さに気がつかないんだよ。カーは人間なんかどうでもいいんですよ。様式美ですよ、あれは」

横溝「リアルでない様式美とトリックをむすびつけていくことに感心したんだ」

横溝「カーが売れれば、オレも売れるんだけどな(笑)」

横溝「(カーは)また売れるようになるよ。カーでなきゃ夜も日も明けんという時代がくるよ、きっと」