小栗虫太郎「聖アレキセイ寺院の惨劇」
「聖アレキセイ寺院――。世俗に聖堂と呼ばれている、このニコライ堂そっくりな天主教の大伽藍が、雑木林に囲まれた東京の西郊Iの丘地に、R大学の時計塔と高さを競って聳(そそ)り立っているのを……。そして、暁(あけ)の七時と夕(ゆうべ)の四時に嚠喨(りゅうりょう)と響き渡る、あの音楽的な鐘声(かねのね)も、たぶん読者諸君は聴かれたことに思う 
(略)
 推理の深さと超人的な想像力によって、不世出の名を唱うたわれた前捜査局長、現在では全国屈指の刑事弁護士である法水麟太郎は、従来(これまで)の例だと、捜査当局が散々持て余した末に登場するのが常であるが、この事件に限って冒頭から関係を持つに至った。と云うのは、彼と友人の支倉検事の私宅が聖堂の付近にあるばかりでなく、実に、不気味な前駆があったからだ。時鐘の取締りをうけて時刻はずれには決して鳴ることのない聖堂の鐘が、凍体(とうたい)のような一月二十一日払暁五時の空気に、嫋嫋(じょうじょう)とした振動を伝えたのである」


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